ずーっとずーっと、そのまたむこうに、栗原から見えるひときわ高い山があったそうな。
ある雨の日のことじゃった。
一人のおくびょうなきこりが、その山の近くで仕事をしておった。
日がくれたので、そろそろ帰ろうと思ったとき……、
きこりはなにげなく、その山を見上げてみた。頂上はすっぽり雲におおわれてまったく見えず、いかにもぶきみじゃった。
ポツリ、ポツリとふっていた雨が急に激しくなった。そして、きこりがゾクッと見ぶるいしたときのことじゃ。
突然、その山の雲におおわれた部分が、ピカッと光った。
その瞬間、きこりが、ハッ、として山の方をふりかえると、その山が雲の中からクッキリと浮かび上がったのじゃ。
浮かび上がった山は、栗原から見るかたちとはぜんぜんちがい、きこりには、鬼がキバをむいてニタニタと笑っているように見えたそうじゃ。
「ヒーッ、鬼!」、きこりは、こわくなり、栗原めざしていちもくさんに逃げだした。
『ゴロ、ゴロ!』、今度は、地を震わすような大きな音がとどろきはじめた。
「ギャーッ」、きこりは、ますますこわくなり、あわてて両手で耳をふさいだ。
耳をふさいだので、きこりには、ゴロゴロという音が、『モーン!モーン』と聞こえた。『モーン!モーン』という声は、ますます激しく、大きくなってくる。
「ワーッ、鬼がほえだした!くわれる!」
きこりは、山道をころげるように走り、やっとのことで栗原へたどりついたのじゃ。
その時には、「モーン」という声は聞こえず、雨もやんでいたということじゃ。
かわいそうに、きこりは、家に着くと、ふとんの中にもぐりこみ、一晩中ブルブルふるえていたそうな。
次の日、きこりは、村人を集め、昨夜の出来事をおおげさに話した。
この話は、アッという間に村中に広がり、『あの山には、牛のなき声そっくりの、モーンとほえる鬼が住んでいる。夜、山からおりてきて、人をおそい、くうそうじゃ』といううわさが立ちはじめた。
そして、鬼の名前を『ウシ鬼』とよぶようになった。
しかし、その後、だれもウシ鬼を見たというものはおらず、そのうわさは、しだいにとだえてしまった。
それもそのはずじゃ。
おくびょうなきこりが、イナビカリに照らしだされた山を鬼に見まちがえ、耳をしっかりふさいだので、カミナリのゴロゴロという音が『モーン』と聞こえただけの話じゃからな。
だが、このきこりのおかげで、栗原の子供は大変いい子になったんじゃ。
というのが、大人たちは、子供たちが夕方おそくなるまで遊んでいると「おそくまで外にいると、あの山からウシ鬼がおりてくるぞ」と言って聞かせるようになったからなのじゃ。
子供たちはこわくてたまらず、夕方になるときちんと家に帰り、マキ割りや晩メシのしたくなどをよく手伝うようになったということじゃ。
めでたしめでたし……。チャン、チャン!
・文章を考えた人 漆谷 悟
●聞き取りの内容●
ウシ鬼
・聞いた人 川村 理恵
・教えてくれた人 おじいさん
昔、栗原の山に恐ろしいウシ鬼が住んでいると言われていた。
子供たちが夜おそくまで遊んでいると、「早く家に帰らないと、ウシ鬼が山からおりてきて、食ってしまうぞ」と、親から言われ、怖くて急いで家に帰った。
◇ ◇
この話は「あずきとぎばあさん」と同様、当時の子供たちは、その話にまつわる山や川を大変恐ろしく感じ、大人にとっては子供たちをしつける格好のつくり話であったようです。
しつけといえば、私たちが子供のころは、悪いことをすると、父親に真夜中でも外に放り出されたり、牛小屋に入れられたり、叱り方も豪快でした。そして、泣き疲れてベソをかいていると、そっと母親が家に入れてくれたものです。
現代の親は、あまり子供を叱らなくなりました。現代っ子にこの話を聞かせたら、どんな反応を見せるでしょう。