栗原から野越え山越え向谷に通じる道中に、トビノコというところがある。
その昔、毛利氏と尼子氏の大森銀山の争奪戦が繰り広げられていたころのこと、戦いに破れたたくさんの落武者が、命からがら君谷から向谷へと逃れ、この道を通って栗原へと向かったが、トビノコまでたどり着いたところでついに息絶えたという。
そして、いつのころからか妙な出来事が起こるようになった……。
その当時、栗原の農家では、向谷の地でたくさんの田や畑を作っており、毎日のようにこの道を行きかっていた。向谷への道は遠く、仕事を終えて、トビノコにさしかかるころには、とっぷり日が暮れてしまう。
ある日のこと、村人が仕事の帰り道、トビノコにさしかかったとき、真っ暗闇の中で『ウーン』という低いうなり声を聞いた。ビクッとして声の方に目をこらすと、生い茂る木の葉がザワザワとゆれだし、その木の根元の土がムクムクと盛り上がりはじめたという。
また、別の村人もここで『ウーン』という声を聞き、あたりを見回すと、高手の大きな木の下で、得体の知れないものがうずくまっていたという。
いずれも暗くなってからのこと、おまけに怖くて、いちもくさんに逃げ帰ったので、その正体は分からなかった。
その後も、「土が盛り上がった……」「丸っこい背丈ほどもある真っ黒いものが追いかけてきた」という話が相次ぎ、やがて、村人たちは、トビノコには落武者の霊がさまよっているとうわさするようになった。
その姿は、ちょうど人間が『おいこ』を逆さにしてかぶったような形をしている……、トビノコには、『オイコかぶせ』という亡霊が出る……、そんな話が村中に伝わった。
村人たちは気味悪くなり、向谷で仕事をするときは早く切り上げ、日が暮れるまでには栗原へ帰るようになった。そして、トビノコを通るときには、落武者の霊に手を合わせて弔うようになった。
考えてみると、亡霊に悪さをされた人は一人もおらず、夜遅くまで働いていた栗原の村人に『働きすぎると、体をこわすぞ』と忠告する、思いやりのある霊だったのかもしれない。
案の定、それから後、この亡霊を見た人はだれもいなかった。
・保護者M