沢谷川に流れこむ小川にそってずっと山深く入ったところに、父と娘がたったふたりで暮らしておった。父の名前を猿丸太夫(さるまるだゆう)といい、娘をあき女(あきじょ)といった。
あき女は、心のやさしい子じゃった。
森にすむ動物たちとすぐなかよしになり、いつもいっしょに野原で遊んだりして、楽しく平和な毎日を送っていた。すべての動物が友だちじゃった。
ところが、こまったことがおこった。
父が、いつのころからか猟をするようになったのじゃ。
近ごろは、毎日猟に出かけるようになった。大切な友だちが次々と殺されていく……。
「おとうさん、お願いだから動物たちを殺すのはやめてください!」
あき女は、毎日のように泣いて頼むのだが、父は、聞こうともしない。
それどころか、父の顔は日一日と、こわい顔になり、なにかに取りつかれたように、夜となく昼となく猟に出るようになったのじゃ。
動物たちを救おうとほら穴にかくまっても、すぐ見つけられ、弓矢のえじきになってしまう。
今日も、だいのなかよしだったキツネさんとウサギさんが殺されてしまった。
かわいそうに、あき女は、悲しくて毎日を泣いて暮らした。この数日間は、奥の部屋にとじこもったままじゃ。
ある雪の日の夜のことじゃった。
今晩は、父も猟には出られない。あき女は、奥の部屋の戸をすこしだけ開け、父のようすをソーッとぬすみ見た。
父は、しき台にすわりこみ、弓の手入れをしていた。ヤスリでゴリゴリと矢をといでいる父の目はギラギラと光り、あき女には、まるで悪魔(あくま)のように見えた。
あき女は、そんな父の姿を見ながら、悲しい悲しい決心をしたのじゃった。
『おとうさんに猟をやめさせるには、わたしが動物に化けて、おとうさんの弓矢の前に立つしかない』と……。
そして、そのあくる日。雪はやんだ……。
動物をねらうには、絶好の日よりじゃ。こんな日を父が見のがすはずがない。
朝はやくから勇んで猟に出るこしらえをはじめている。
そんな父のようすを見て、あき女は、納屋から鹿の毛皮を持ちだし、すばやく家をぬけだした。そして、やぶ陰に隠れて父を待ちぶせした。
だんだんと父が近づいてくる。動物をねらう父のおそろしい顔が見えた。あたりは、シーンと静まり返っている。
『もうすこしで、おとうさんがここをとおる』あき女は、ジッと目をつむった。
そして、突然大きな声で、
『こっちじゃーっ』と叫んだ。
それは、とても悲しい悲しいさけび声じゃった。
あき女は、そう叫ぶなり、持っていた鹿の皮を頭からかぶり、父の前に飛び出した。
父は、ふりむきざまに見た鹿のすがたにびっくりし、いきなりあき女めがけて弓を射てしまったのじゃ。
矢は、あき女の胸に深くつきささり、鹿の皮が大きくはねとんだ。
「あき女!わしは何てことを………!」父は、弓で射ったのがあき女だと気づき、その場に立ちつくしてしまった。
そして、ハッとわれにかえると、倒れているあき女にかけより、抱きおこした。涙を流す父の顔は、もとのやさしい顔にもどっていたという。
「おとうさんを許してくれ!」
あき女は、父の胸でうれしそうにうなずき、静かに息をひきとった。まるで笑っているようなすこやかな顔じゃったという。
父は、命をすててまで猟をやめさせようとした娘の心を思い、三日三晩泣き続けた。そして、あき女を手厚く葬ると、たくさんの動物を殺した弓をこなごなにくだいた。
その後、父は、つぐないの旅に出て、いく先々であき女の死をとむらったという。
こうして森は平和を取りもどした。
しかし、動物たちは、あき女という友だちをなくして、さびしそうじゃったという。
・文章を考えた人 藤田 秀子・通典・厚子・清隆
●聞き取りの内容●
猿丸太夫娘の墓
・邑智町誌から
千原猿丸字先屋敷に猿丸太夫娘の墓がある。
猿丸太夫は猟が好きであったが、娘のあき女は殺生を嫌い、父に意見するのだが聞き入れてくれない。
思い悩んだあき女は、わが身を投げ打って父の殺生をさとそうと決意し、ある日、鹿の皮を被り、竹藪にわけ入った。
猿丸太夫は、本物の鹿だと思いこれを射止めてしまった。
わが娘を誤って殺してしまった猿丸太夫はその後猟をやめ、供養の旅に出た。
2年目に娘の墓に参ったといわれる。
奥山の地名は、『石見八重葎』に猿丸太夫が娘の死を悼んで詠んだ「奥山の 紅葉ふみわけ鳴く鹿の 声聞くときぞ 秋は悲しき」の歌に由来すると言われている。