栗原から山を二つも三つも越えたところ、向谷(むかたに)にまつわるお話じゃ。
むかしむかしのこと、本迫という家の前に、大きな池があった。
その池は、いつのころからか、夜になると不思議な光を出すようになった。毎夜、池の底がボォーと光り、その明かりで暗やみの中に、池全体が浮かび上がるのじゃ。
「あれはなんじゃ?」、人々は不思議がった。
ある日のことじゃ。
一人の修行をつんだえらいおぼうさんが、旅の途中、向谷の村に立ち寄った。
本迫の主人は、このおぼうさんを手厚くもてなした。
そしてその夜のこと、主人は、池の光のことを相談してみたのじゃ。
「それは、不思議なことじゃ。ご主人、ひとつ、今からその池を見せてもらえまいか」
「それはうれしや。村の者も気味わるがっており、どうしたものかと、とほうにくれていたのですじゃ」
主人は、そういうと、さっそく池に案内することにした。
家を出ると、あたりはまっ暗だというのに、今夜も、池だけがボーッと浮かび上がっている。「足もとに気をつけてくだされ」、主人は、あんどんで小道を照らしながら、おぼうさんを池のほとりに案内した。
池は、あいかわらず、底のほうからあわい光を出している。
「ふーむ」、おぼうさんは、その光をするどい目つきでじっと見つめ、しばらくして、なにやらとなえはじめた。
そして、目をとじると、しずかな調子で主人にこう言ったのじゃった。
『ご主人、この池には、水神さまがおられる。水神さまが光を出して、呼んでおられるのじゃ。ただちにお迎えして、お祭りをするのじゃ………』
それを聞いた主人は、『ハハーッ、ありがたや!』と池の中の光に手を合わせると、すぐさま村中をかけまわり、村人たちを呼び集めた。
「この池には、水神さまがおられるそうじゃ。ありがたいことじゃ。皆のしゅう、すぐお迎えするのじゃ」
そういうと、主人は、村の者とともにすぐさま池の中に入り、水神さまを捜した。
光はあれど、真夜中のことじゃ、なかなか見つからない。みんな、いっしょうけんめいじゃった。
しばらくしてからのことじゃ。
「ここにおられたゾー」という大きな声が聞こえた。
みんなが、いっせいに声のほうをふりむくと、ひとりの村人が、両手で水神さまを高々とかかげている。
「オオーッ!」、村人たちは、大喜びで歓声を上げ、水神さまに手を合わせた。
「おぼうさま、ありがとうございました」村人たちは、口をそろえてお礼を言った。
あくる日、おぼうさんが旅立ったあと、本迫の主人は、村の者たちと、ほこらをつくり、この水神さまを『竜之権現』と名づけて大切に祭った。
水は、田や畑をうるおしてくれる。その後、向谷の水はかれることなく、村人たちは、この水の神さまに毎日毎日手を合わせ、感謝したということじゃ。
むかし、栗原の村人も遠く向谷の地まで行ってたんぼを開墾し、米をつくっていたが、この水神さまのおかげか、たくさんのお米ができたという。
・文章を考えた人 川村 雄也
●聞き取りの内容●
竜之権現
・邑智町誌から
昔、向谷本迫の前に池があった。
夜な夜な池の中から奇怪な光を発するものがあるので、人々は不思議に思っていた。
ある日のこと、一人の修験者がこの地を訪れ、その話を聞いて「それは水神様が呼んでおられるのだ。すぐにお迎えしてお祭りしなければいけない」と告げた。
若い者が数人池の中に入って捜すと、一体の竜神を拾い上げた。本迫の当主は、ほこらを建て竜之権現としてこれを祭った。