それはとおいとおいむかしのこと。おおち町の名所・湯抱(ゆがかい)温泉にまつわるお話じゃ。
湯抱には、そのむかしは、湯が吹きだす場所が一か所しかなく、お客さんをとめる宿も一軒あるだけ。まわりに家は一軒もなかったそうな。
その宿の主人は、たいそうよくばりで、きらわれものじゃったが、その湯が病気にとてもよく効くというので、お客さんが後をたたず、はんじょうしていたそうじゃ。
ある日、日もくれたころのことじゃった。その宿に、一人の山伏が、訪ねてきた。
「どうか、一晩泊めてくだされ………」
ところが、宿の主人は、山伏の恐ろしい顔つきや、うすぎたない身なりを見て、
「おまえのような者を泊める部屋はない!とっとと帰れ」、と冷たく断わったのじゃ。
山伏は、悲しい顔をして、必死に頼みこんだ。
「ご主人さま、私が汚い身なりをしているから泊めてくれないのですか?私は修行の身。けっして、いやしい心はありません」
しかし、宿の主人は、山伏の頼みを聞こうともせず、「ダメじゃ、ダメじゃ」といって、家の奥へ入っていったのじゃ。
すると、今までうなだれていた山伏が、突然顔を上げ、
「ご主人、後悔するなよ!今に思いしらせてくれる」と、大きな声で叫んで、宿をとび出していった。
山伏の顔は、怒りでまっ赤になり、目はギラギラ光っていたという。
宿の主人は、その大声にきもをつぶしたが、「フン、なにができる」と、相手にしなかった。
山伏は、宿を飛び出すと、怒りに肩をいからせ、大股で風のように走りだした。
そして、その宿を見おろすことのできる坂の七本杉のところまでくると、ピタッと立ち止まり、法螺貝(ほらがい)を取り出したのじゃ。
恐ろしい目つきでジッと宿をにらんでいる。
山伏は、なにやらねんぶつをとなえはじめた。そして、宿の方角にむけて、いきおいよく法螺貝を吹きはじめた。
『ポーッ、ポーッ』『ポーッ、ポーッ』
その音は、恐ろしくとおくまでひびきわたり、山々にこだました。
すると、どうしたことじゃ。
ごろごろと地なりがしたかと思うと、あたり一面からシューッと湯がふき出したのじゃ。
山伏は、『思い知れ!』とひとりごとを言い、『ニタリ』と笑って、風のように山のかなたへと走り去った。
たくさんの湯がふき出したおかげで、その後、このあたりにはたくさんの温泉宿ができ、大勢の人が訪れるようになった。
当然のように、山伏に冷たいしうちをした宿には、だれもお客がこなくなり、しだいにさびれ、とうとうつぶれてしまったという。
こうして湯抱温泉は、だれにも親しまれる温泉になった……ということじゃ。
今もこの坂道をポウポウ坂と呼んでいる。
・文章を考えた人 竹本 辰吾
●聞き取りの内容●
ポウポウ坂
・邑智町誌から
湯抱温泉はその昔は湯元が1カ所しかなく、宿も小さな木賃宿のほか、家は一軒もなかった。
ある日の夕方、一人の山伏がその宿に一夜の宿を頼んだ。
ところが主人は山伏の恐ろしい顔つきと見慣れぬ風体を怪しんで、断わった。
山伏は『わしが汚い身なりをしているから泊めないのか。今に見ておれ、思い知らせてやる!』と言って出ていった。
そして、山伏はポウポウ坂の七本杉のところまで来ると、
「ポウーポウー」と法螺貝を吹きはじめた。
すると、あたり一面から湯が吹き出した。
その後たくさんの温泉宿ができ、冷たい仕打ちをした木賃宿はさびれていった。
今もその坂道をポウポウ坂と呼んでいる。