むかしむかし、簗瀬の村に、きこりのおじいさんがおったそうな。
おじいさんは、山で木こりをして、毎日を暮らしておった。
ある日のことじゃった。
おじいさんは、ちかくの山に、木が少なくなったので、その日は火打谷(ひうちだに)という山に行くことにした。
日打谷に行くのははじめてのことなので、朝はやくから出かけることにした。
そこには、谷にそってきれいな小川が流れておった。「何ときれいな水じゃ。よし、この小川にそって山に入っていこう」
おじいさんは、そう決めると、山の中にどんどん入っていった。
「オオッ、たき木にちょうどいい木がたくさんあるわい!」
おじいさんは、今日は、ここで木を切ることにした。そして、日が高くなったころには、ずいぶんたくさんのまきをつくり上げた。
「やれやれ、仕事がはかどったわい。今日は、ちっとはよう帰れるぞ」
「まず、ひと休みじゃ。メシを食って、ひと眠りして、それから家に帰るとしよう」
おじいさんは、ひと休みすることにした。
そして、木陰にすわり、弁当を食べおわったときのことじゃった………。
どこかで、『ドッボーン!』という大きな音がした。
「なんじゃ、あの音は?」おじいさんは、ビックリして、あたりをキョロキョロ見まわした。
「あの丘のむこうのほうで音がしたぞッ」おじいさんは、小高い丘にかけよってみた。
するとどうじゃ。
そこには、大きな大きな池があった。池は、澄んだ水をいっぱいにたたえて、とてもきれいじゃった。
「なんときれいな池じゃ」おじいさんは、さっきの音のことをすっかり忘れ、うっとりして立ちつくしてしまった。
そればかりか、のんきに「よし、ここで昼寝をすることにしよう」と、その場に横になってしまったのじゃ。
池のそばは、ひんやりしていてここちがよい。おじいさんはウトウトと眠りこんでしまった。
どれほど眠ったころのことか。おじいさんは、奇妙な物音で目が覚めた。
耳をすましてよく聞くと、『ザワーザワー、ブクブク、シュー!』という気味悪い音が、池の中からひっきりなしに聞こえるのじゃった。
おじいさんは立ち上がってあたりを見ようとしたが、足になにかがからみついているようすで足が動かない。
おじいさんは、ソーッとうす目をあけて、恐る恐る池のほうを見た。
「ヤヤッ、あれは!」、おじいさんは、おもわず大声が出そうになるほどおどろいた。
なんと、あれほど静かだった池の水があらしのように波立ち、池のまん中で大きなうずをまいているではないか。
そして、うずの中でえたいの知れない大きなものがうごめいている。
おじいさんは、あわてて自分の足にからみついているものを見た。
するとどうしたことじゃ。
白いじょうぶな糸が、足にいくえにもまきついていた。
その糸のさきは、池でうずまくうずの中に入っている。
『ハッ!クモの糸?わしを食うつもりじゃ!』
そう思った瞬間、うずの中からそれはそれは大きなクモが、まっ赤な口からアワをふきながら姿をあらわした。
「あの口、あの糸、あの大きな八つの手。つかまったら、殺されてしまうぞ」
だが、動いたら、クモに気づかれて池の中にひっぱられてしまう。
おじいさんは寝ているふりをして、いっしょうけんめいにげる手立てを考えた。
そうしているあいだにも、クモは、セッセと糸をはり、おじいさんの足には、ますます糸がまきついていく。
「もうすぐ池の中にひっぱりこまれる……」
おじいさんが、オロオロしながら、うす目をあけてあたりを見ると、すぐそばに、ひとかかえもありそうな大きなカシの木を見つけた。
「よし、この木に糸をくくり換えよう」
おじいさんは、クモがむこうをむいているあいだに、急いで自分の足から糸をはずし、カシの木に結びつけていった。
足にからみついた糸を全部カシの木にくくり終えたそのときだった。
とつぜん、クモのようすが変わった。
『プシューッ』と恐ろしい声でほえると、はった糸の上をせわしく動きまわり、うずの中に姿を消したかと思うと、糸をグイグイとひっぱりはじめた。
おじいさんが糸を結びつけたあの大きなカシの木が『メリメリ!バッキーン』と音をたてた。
そして、アッという間に、『ドッボーン』という大きな音を残して、根こそぎ池の中にひきずりこまれてしまったのじゃ。
おじいさんは、その力のすさまじさと恐ろしさに、足がすくんで動くことができず、ぼうぜんとクモのようすを見つめていた。
池は、なにごともなかったように静まりかえった。
「やれやれ、恐ろしや恐ろしや。命びろいしたわい」
「昼飯のときに聞いたドボーンという音は、イノシシか何かがクモのえじきになった音だったのじゃ、かわいそうにの……」
おじいさんは、背すじが寒くなるのをこらえながら、つぶやいた。
おじいさんは、この日の出来事を村の人たちに話して聞かせた。
そして、この話はとなりの栗原の村にも伝わり、この池にはだれも近づかなくなり、幸いにしてクモのえじきになった者はいなかったということじゃ。
その後、この池は、大雨で流され、埋もれてしまったという。
クモが死んでしまったやら、別の池にすみかを変えてひそんでいるやら、だれも知らない。
山おくの大きな池を見たら、みんな気味わるがったものじゃ。
・文章を考えた人 神田 昌子・尚子
●聞き取りの内容●
水くもの糸
・邑智町誌から
簗瀬火打谷に、周囲50メートルほどの深い池があった。
ある日、おじいさんが、たき木取りにいき、ほとりで休んでいた。
すると、一匹の大きなくもが池の中から現れ、おじいさんの足に糸を巻きつけ、池の中と足を結んで糸を張りはじめた。
おじいさんは、「わしを食べてもおいしくはないぞ」と言いながら、糸をはずし、そばにある樫の木に巻きつけた。
そうとも知らず、くもは糸を張り続け、ひとときもたったころ、池の中が急にざわめき、ぐいぐいと糸を引張りはじめ、アッという間に樫の木を根こそぎ引抜いて池の中にひきずり込んでしまった。
「やれやれ、大変なことになるところだった」命びろいしたおじいさんは、村人たちにこの話をした。
以来、その池にはだれも近づかなくなった。
そして、いつの間にか池は埋ってしまった。