吾郷の村はずれから奥山へと通じる小さな道にまつわるお話です。
その昔は、奥山への道はこの一本だけでした。
ある日のこと、奥山のある家で法事が行われ、その家のおばあさんが、道中の安全を見守ってくれるお地蔵様にお参りしようと、重箱にギッシリ団子を詰めて出かけました。
お地蔵様は、家の前を通るその道を半里ばかり歩いたところにおられ、家の者は、おばあさんはすぐに帰ってくるものと思っていました。
ところが、おばあさんは、お昼を過ぎても夕方になっても帰ってきません。家の者は、たいそう心配しました。そして、とうとう夜が更けても帰らず、村中は大騒ぎになりました。
「物の怪に食われたか?」「神かくしに?」
村人は、暗闇の中、総出で捜しに出ましたが、真夜中のこと、おばあさんの行方は、いっこうに分かりません。
あくる朝も早くから捜しに出ました。
そして、あちこち捜しながら神留峠までさしかかったとき、峠にある大きな木の下で、おばあさんが重箱を大事そうに抱え、うずくまっているのを見つけました。おばあさんは、ボーッと空を見あげています。
村人は、大喜びでおばあさんのところへかけ寄りました。ところが、「一晩どうしとったのじゃ。心配したぞ」と村人が問いかけても、おばあさんはまるで魂が抜けているかのようにボーッとして返事をしません。
「おばあさん、おばあさん!」家の者が、おばあさんの肩をゆすると、やっと我に帰りました。
そして、「みんなそろって何ごとじゃ?」とビックリしたようすで言いました。
「ずっとここにおったのか?」村人が問うと、
「道を歩いとったら、だれやらの話し声が聞こえたような気がしての。『ケッケッ、ケケケケ』とわしを笑っているようなカン高い声じゃった。で、急に頭がボーッとしての、後は、わけがわからんようになった。なんでここにいるのか、よう覚えとらん。じゃが、ほれ、おのとおり、お供え物はちゃんとここにある」と、おばあさんはのんきな調子で答えました。
村人たちは、おばあさんの話に半ばあきれ顔でしたが、「ともかく、よかった。おばあさんが無事だったのもお地蔵様のお陰かもしれん。せっかくここまできたのじゃ。お参りして帰ろう」と、みんなでお地蔵様を拝むことにしました。
そして、お地蔵様のところに着き、拝もうとしたときのこと。おばあさんは、さっそく団子をお供えしようと、重箱の風呂敷を開きました。
そして、ふたを開けてびっくり仰天。
「ひぇー何じゃこれは」と大きな声を上げました。
おばあさんの声に驚いた村人たちは、重箱の中を一斉に見ました。
なんと、重箱の中には、団子ではなく、牛のフンがギッシリ詰まっていたのでした。
村人たちはあまりのことに声も出ません。
「狐にだまされたのじゃ」「物の怪のしわざじゃ」「おばあさんが聞いたケケケという声の主は、人を惑わす化け物じゃったんじゃ………」と大騒ぎになりました。
そして、いつのころからか、神留峠には、得体の知れない物の怪が出るという噂が立つようになりました。
この道は、木がうっそうとおい茂って昼でも薄暗く、ひとりで歩くには気味悪いところ。この噂に子供たちは震え上がり、悪さやイタズラをしたとき、『神留峠の物の怪に言いつけるぞ』と言うと、とたんに良い子になったそうです。
ちなみに、その後、おばあさんのようなめに遭った人は、だれもいなかったと言うことです。
・保護者K