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11 むかしあるところに仲のいい魚屋の夫婦がいたそうな。主人の名前を魚安と言っての。

魚安が、大森(おおもり)から広島の三次まで銀山街道をぬけて、魚を売ってはお金にかえ、ふたりの暮らしむきもまずまず。平和に暮らしておった。

ところが魚安には悩みごとがあったのじゃ。女房のおたつが大変なヤキモチでな。となりのやおやの女房と、ちょっと話をしただけで、まっ赤になって怒るのだからしまつにおえない…。

じゃが、気立てはやさしくてよく働く。魚安は、いいお嫁さんをもらった、と満足していた。

魚を売り歩く道中、小松地(こまつじ)に箱茂(はこも)というところがあり、そこには、一つの枝が12~3メートルもあろうかという、大きな大きなりっぱな松の木があった。

魚安は、いつもこの松を目標に歩き、ここで一休みして行くのじゃ。
そして、いつのころからか、この松を「箱茂のお松」と呼ぶようになった。今日も、ここで休み、返事をするはずのない松に話しかけては、ひとり旅をなぐさめたりした。

ある日のことじゃ。
魚安は、長い旅の疲れをいやしながら、やおやの主人に「箱茂のお松」のことを話した。
「それはそれは、目の覚めるようなきれいな姿をしておってな。もう、一目ぼれしてしもうた」
「遠くから、お松の姿が見えると、うれしゅうてのー。もうすこしで会えると思うと、走り出してしまうんじゃ」
「お松の足をまくらに寝るのが気持ちようてのー」
魚安は、しゃべりまくった。

魚安がお松をあんまりほめるので、やおやの主人も、
「わしも一目見てみたいのー」と調子を合わせた。
「だめじゃ、だめじゃ。お松は、わしの大事な大事な宝ものじゃけー」ふたりは、大笑いしながら、こんな調子でじょうだん話にあけくれておった。

ところがじゃ。この話を物陰からじーっと聞いていた者がおったのじゃ。

女房のおたつじゃ。
魚安がやおやに行くというので、「もしや、やおやの女房と?」と、ヤキモチをやき、こっそり後をつけ、かくれておったのじゃ。

 「箱茂のお松」を男を迷わす女のことだと、かんちがいしたらしい。カーッと頭に血がのぼったおたつは、物かげから飛び出し、「あんた!私というものがありながら、くやしーいー!」と、まっ赤な顔をして叫んだかと思うと、興奮のあまり気を失ってしもうた。

ふたりは突然のことに仰天、あっけにとられてしもうた。やおやの主人は、何のことだか分からず、目を白黒させた。
「やれやれ、またおたつの悪いくせが出たわい。とんだかんちがいじゃ」
やおやの主人の心配顔をよそに、魚安は、気を失っているおたつを抱きかかえ、せかせかと家に連れて帰った。
そして、おたつを静かに寝かせ、頭を冷やしてやると、やっと気を取りもどした。

じゃが、おたつは、「ハッ」と気がつくなり、奥の部屋に飛びこんでしまい、ピシャリとふすまをしめ、とじこもってしもうたのじゃ。そして『オイ、オイ』と大きな声で泣きはじめた。

魚安が、「お松は女じゃない!松の木のことじゃてー!」と、必死でいうが聞き入れず、どうにもならんかった。

しばらくすると、奥の部屋が静かになり、おたつの泣声は聞こえなくなった。そのかわりに、ブツブツという声が聞こえはじめたのじゃ。
「うらめしや、お松………、おのれー、お松……、」と、なんどもくりかえしている。どうやら呪いの言葉らしい。

次の日も次の日も、おたつは、部屋にとじこもったきりで、ブツブツ言いつづけた。
魚安は、おたつの執念深さにしかたなく、
「わしが悪かった。神さまに誓って、もうお松には会わんけー、許してくれ」と、心からわびたのじゃった。

すると、ブツブツという声がピタリととまり、しめきったふすまがスーッと開いた。
そして、部屋から出てきたおたつは、静かな調子でつぶやいた。
「ほんとかえ。お前さんが、もうお松には会わないようにと、いっしょうけんめいお祈りしとったんよ」
魚安は、すっかりやつれたおたつがかわいそうになり、「ほんとじゃ、ほんとじゃ」と涙を流して言いつづけた。

こうして、もとの仲のよい夫婦にもどって、数日後のこと……。魚安は、しばらくぶりに魚を売る旅に出た。
そして、箱茂のお松が見えるところまでさしかかった。
「ありゃ!お松のようすがおかしいぞっ」美しく広げた枝は緑のはずなのに、今日は茶色に見えるのじゃ。

魚安は、お松めざしていちもくさんに走りはじめた。そして、そばまできてビックリ。

あれほどきれいだったお松は、すっかり枯れ、見るもあわれな姿に変わりはてていたのじゃ。

魚安は、ぼうぜんと立ちつくし、さびしそうに「おたつの呪いか……」とポツリとつぶやいた。

しばらくしてからのこと、
お松の正体を知ったおたつは、大変悪いことをしたと思った。
そして、魚安とおたつは、日本中を旅して、才之助という松を手入れするのが上手な人をさがし出した。

枯れたお松は、才之助によって、ていねいに切り倒され、魚安とおたつは心からとむらったのじゃった。

すると、この夫婦の心ねが通じたのか、やがて、残っていた太い根から新しい芽が出て、お松は見事に生きかえり、数年後には前にもまして美しく枝を広げたということじゃ。

・文章を考えた人 小林 照子

●聞き取りの内容●
箱茂のお松

・邑智町誌から

 大森から三次に至る銀山街道筋小松地字箱茂に、一つの枝が12~3メートルもある大きな松があった。
 魚屋の主人は、この松を「箱茂のお松」と名づけ、いつもこの松を目標に歩き、ここで一休みしていった。
 ある日、主人は、隣人に「箱茂のお松」のことを話していた。
 それを聞いた魚屋の女房は、「箱茂のお松」とは、男を迷わす女のことだと勘違いし、嫉妬に狂って、「お松」を呪い続けた。
 「箱茂のお松」は、その呪いの強さに、とうとう枯れてしまったという。
 現在あるのは2代目の「お松」である。

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